東海第二発電所が開いた安全対策説明会(2014:10:24)にて、
私が発言した内容・・・


質問ではなく、希望要望切望であります。
人の一生・・・いろいろな悲しい出来事が起こります。親の死、配偶者の死、兄弟親友の死・・・しかし、
「ふるさとを棄てなければならない」という悲劇が、自分の責任ではなく、強制的に起こってしまう、
実に悲惨なる出来事が生じるものだということが、2011年の福島原発事故でわかりました。
私は団塊世代の第一号、中学の社会科見学で何度も、東海村に連れていかれました。
原子の火・原子力発電というものが、人の科学の頭脳を使えば、安く、
そして無尽蔵に、生み出させる、そして、日本中世界中が明るく、電気を一杯使える、
豊かな暮らしも生み出せる、夢の神話・安全神話をたっぷりと植えつけられました。
だからでしょうか、学生時代の平和運動でも、核兵器は絶対反対だけれども、平和利用の原子力はノーではない、
そういう運動しかできませんでした。

でもしかし、2011年3:11日以降は、180度変わりました!
原子力は人の手で行うべきではない、
特に、大地震国・大津波国では完全に不向き・
してはならないエネルギー開発である、ことが明確になりました。
なぜなら、人間は、神ではない、思い上がりに満ち、間違いを起こす動物だからです。
大自然のすさまじい脅威に、最終的には勝てません。

原子力発電は、世界規模ではこれから先、必ずや、やめていく、
いややめていくべきものでありましょう、
耐用年数が迫っている古い原子炉を何年間か燃やすよりも、
賢明な選択を考えましょう。
我が国原子力のメッカ・東海村こそ、
廃炉研究と核廃棄物処理研究のメッカになるべきです。
そのことが、人のため、地球のためではないでしょうか。

最近家族が村松の病院に入院してますので、毎日のように東海村に通っています。
この道路を行く人々は知能の高い方々です。しかし、福島のあとは顔色の変化がわかります。
原研道路を歩く人々の暗い翳りの顔を見たくない。
輝いていてほしいのです。でもできます、
廃炉の研究と、核廃棄物処理の研究は、
この方々しかできません!
蛇足ですが、廃炉研究や廃棄物処理研究はこれから先、
何十年何百年かかるかわかりません。原子力関係者のお仕事は延々と続きます。