悲劇・・・二度と再び!の誓い
福島原発事故直後の我が日記と
悲劇の再来を起こさないための関係サイト

あれから3年が過ぎ、時はどんどん流れていきます・・・。
地震と津波、そして福島原発事故で未曾有の艱難辛苦の真っただ中にいる被災者の方々に(わが身もわずかにその一部でしょうが)、一刻一瞬でも早い立ち直り・復旧の実現を心から願うとともに、「頑張りましょう・・・少しでも明るい未来を信じて・・・」のエールを送りたいと思います。
政府や原発企業はまだまだ懲りずに、原発再稼働や原発の売り込みに現を抜かしはじめています。想像性の欠如を感じます・・・。
悪夢のようなあの時を思い出しますと、翌朝から一番困ったのが水でした。給水車の到着を心待ちしていた時にやってきたのが知人の助け舟!台地の斜面の湧水を教えてもらい天然・自然の恩恵に感謝しました。孫と一緒に一日に数回、ポリタンクを持って水汲みに行きました。

その時の孫はまだ三歳になってませんでした。孫はその後、地震があるたびに「ミズ!ミズ!」と言いました。水がいかに大事か、幼心に焼付いたのでしょうね。大人になってもこの水汲みの思い出を大事にしてほしいと思っています。薄明りのロウソク暮らしの中で、家族の助け合いの心の大事さも改めて感じました。


2011年3月11日 あの未曾有の大地震が起こり、大津波に数多くの命が呑まれ、福島原発で大惨事が発生した直後、私は元来の記録癖からささやかなブログ日誌を書いてました。
このブログ日誌が最近、茨城大学の研究者から「参考になるかも」と評価を戴いています。
研究者たちは今、福島原発の水素爆発で発生したプルームの南下、そしてその頃、茨城県域で暮らして食べたり飲んだりしていた人体への放射線の影響に関心を持ち始めているそうです。
「やっかいな放射能と向き合う」サイトも立ち上げています。

甲状腺検査の「関東子ども健康調査支援基金」も出来ました!


目に見えない恐怖・・・放射能や放射線問題は末永い監視と戦いが必要でしょう。
私は何の因果か、大地震の起こる数日前に夢を見ました。
正夢でした。

地震直後の数十日の我が震災&原発事故日誌ブログ

東海第二の説明会で私の発言趣旨