救民妙薬園への道 

少し近過去の記憶を辿ってみます。ごく数年前からです。


救民妙薬園再現に向けて・・・
雨水翌朝・個人的なる想い

僕は水戸黄門様が好きです。いくらドラマだの、芝居の大袈裟話だの言われても、快刀乱麻の如くに、勧善懲悪を貫く最後の印籠場面では、「やったあ」「悪をたたけよ」と胸がすく。
しかし、世の中、こうはいかない。すべてはお金や権益、政治ショーと結びついていて、年金の細々暮らしのコチトラには、胸が苦しく、脳に熱がこもることしか見当たらない。
いつの時代もそうであったのだろうか。黄門様も嘆いてらっしゃる。「いつの世も高額な高麗人参は権力或る者にしか分けられない。庶民は座して死を待つのみぞ」。(忘却文献から)
そこででしょうか、黄門様は自らも鍬を握って耕す薬草畑を西山荘周辺白坂にも拵えられた、とあり。(同)

昨日、2月18日は今年の雨水と聞く。啓蟄前の24節気でいわばそろそろ春ですね!の掛け声を聞く日。ちなみに啓蟄は3月5日、春分は20日。

僕も雨水の声にほだされて、救民妙薬園のマネごとがまたしたくなってきました。準備段階に入ります。
以下、綴って書いていきますね。
(2:19朝7時)



「一号実験畑のおもろい土」

カミさんが特発性間質性肺炎になったのは東日本大震災の前年かその年頃。うん、同じ年だったかなあ。
その頃、僕は何か無性に農作業や土に関心が生じて、西山で雑草地になっていた場所を使って、ナスかキュウリでも作りたいな、そんな殊勝な気になっていた。
一号畑が出来た!
幅1M,長さ2M弱の小さな小さなマイガーディンの完成!ここはおかしな、不思議な土だった。硬くて固くて鍬もスコップも入らない。何回か試して突いたらジャリジャリと音がして、一応土らしきものが取れたが、畑の土ではない。岩盤土っていうのかな、調べてみたらケイ酸だかケイ素が入った土だった。確か猫砂の原材料や焼き物の土にもなるとか。まあよく判らぬままにこの固い土地を耕して、ミニトマトだっけかな、ナスだっけかな、苗から植えて毎日毎日見に行きました。はい水をもってね。

出来ました!てかその前に、ミニトマトは黄色い花をつけ、ナスも同じく黄色い奇麗な花をつけてくれて、我が身に新しき感動を与えてくれました。へえ、家庭菜園の楽しみの第一は、まず花だねえ、丹精を込めて水をやってますと、こんな初めてのしみじみした感激を味わえる・・・実に嬉しいものがありました。

またこの時期に、畑地に名前も知らない、小さな苗が生えてくるのを
不思議に眺めていました。
それが野生のアカザだったことを知るのは少し後でした。


そして、次が二号炉!?二号畑にとりかかります。次回書きます。
(2月20日朝)



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