HP管理者トップへ
                                                2003.1.26.

原子力OB核エネルギーを語る                                                                                                
   トリウム熔融塩国際フォーラム   古川 和男

皆様、一緒に考えてみませんか ?
 昨年8月末より明らかになった東電原発不正事件は、見かけ以上に悪質かつ深刻な内容のものであり、日本全体を震撼萎縮させていると思います。世間の信頼回復は至難で、このままでは社会的損害は計り知れないでしょう。皆知りつつ四ヶ月を経過しても、的確な論議は進んでいません。何故でしょう。
 問題の本質は、原発が三十年以上経過してもまだ本当の民間産業に成熟していない処にあると思います。今の原発が未熟なのは明白です。一応成功しているフランスも、軍事とエネルギーセキュリティに国家丸抱えです。日本では、安全性と再処理・核廃棄物を含む核燃料サイクルの全てで社会的信頼が揺らぎ、肝心の国立大学の基礎研究・人材養成体制さえ全く色あせています。
 東電は国内電力の1/3を供給し、その四〇%が原発に依存する世界最大の民間電力会社で、今回の事件で1400億円の損害と停電の恐れありといわれます。
原発増設以外に京都議定書の約束を果たす道なしと強弁している政府と電力がこの態では、国民は全く立つ瀬がありません。
今の技術が余りに未熟なのです。そう言うと当事者達はただムキになって反論します。しかし、わたしの解説をお読み下さった皆さんはおおよそお判り下さるでしょう。そもそも全ての技術は未熟なのです、大なり小なり。ただし、それに関与する全員が日夜誠実に責任分担を果たしているから、かろうじて産業は成立しているのです。この原則を根源のところで、しかも十三年も裏切り続けたのが今度の事件です。
根は深く広く、ほとんど全ての核エネルギー関係者の責任となるのではありませんか? 拙著("『原発』革命":文春新書、2002.8.)にも書きましたように、本来、科学技術に正しいものなど無いのです。従って誠意を尽くしても過ちうるのです。それを意図的に改ざんするのでは救いはありません。何とか守るには、学者・専門研究者の責任ある先行的な努力が最大の頼りです。そしてそれを励ます専門学会(日本原子力学会など)の活動が最も重要な筈ですが、結果として全く機能していない。自由な論議が出来ていない、出来ない、為さないのです。私ははっきりいえます、可能な限り討議を呼びかけ続けてきましたから。どのような公式討議でも、常に会員提言者は数人を出ないのを信じられますか?実に深刻な事態です。
その背景・支援がなくて、企業内での安全性を守る有効卒直な技術協議ができるはずがありません。意見不一致はあるにしても、また有るからこそそれを協議交換し改善を計るのが学会誌の最大の使命ではないのですか? 二歩も三歩も後からおっかなびっくり付いて来る学会しか持てない日本は悲劇であり、それにようやく社会も気づいたのがこの事件ではないですか?
昨年十二月十二日の日経新聞にようやく、「勝俣東電社長が『不正と認識しながら誰も止めることなく、まわりの社員も気づかなかった。まさに痛恨の極み』と唇をかんだ。」と紹介していますが、気づくのが遅い。これでは世間は振り向いてもくれない、蔑視のみ。
東電は単なる営利会社ではありません。従って、間もなく辞める筈の社長・会長が、大臣に脅され急に辞めたからといって社会は見向きもしない。公益事業を盾に国家を牛耳ってきた技術集団だったのです。技師長格を筆頭に技術責任者全員が、土下座し世間に「謝罪と再発防止を誓約」して当然ではないのですか? それを期待したのですが。
 驚くべし、忠言どころか原子力界は彼らに同情し、「内部告発強化」とか「(発電維持への)過大すぎた責任感」などという全く本末転倒の論議にすり替えています。日本人は妥協的で物忘れの名人なのでこれで済むということらしいですが、信じません。真面目で勤勉意欲的な社会が、近隣のアジアでも急速に立ち上がりつつあります。過去の経験が、そのまま通用するとは考えられません。最近の日本は、小泉ブームが興りしぼんだのみでは?社会構造改革を自分の問題とする者は居ないかに見えますが。                        
私に言わせますと、官界・マスコミなどの責任は二の次です。学者までがマスコミを非難する風潮があるのは、本末転倒です。専門家が確りしていれば、自然、世間は耳をそばだててくれる筈です。世間も、どの学者の言うことがより信頼置けるかもっと厳しく目を光らすべきです。そうしないと社会は良くなりません。それが社会の先進度、成熟度というものでしょう。
ただ、特殊な機関として少なくも「原子力委員会」があります。私は、世間に代わって学者・専門家を激励・代弁ないし批判する義務を持つと考えたいのですが、初期はさておきこの二、三十年来ほとんど機能していないのは重大と思います。原子力学会誌11月号に問題提起したのですが。皆様は如何お考えですか?世は無責任時代?

年末からは、核に関連してまた新しい難題が降りかかってきました。北朝鮮の核武装問題です。今度ノーベル平和賞を貰ったカーター元大統領が折角静めていたのを、米現政権の手荒な手口が地獄の口を開かせたかに見えます。長期的にはこれは、日本の存亡に関わるものに発展しかねません。一般の方々にはまだ聞えていないようですが、一斉に「日本は核武装する他に対抗策はないのでは?」と云う意見が、国内を含め世界を駆け巡り始めました。「日本は核武装するための材料も技術もすべてそろっている」と云うのです。北朝鮮は非力未熟で慌てて騒ぐ問題でないはずが、このような事態に導いた日本政府の責任は重大です。動ぜず、お互いの国民の平和と幸福を保全する道は何か、堂々と話し合うべきです。核武装など、如何転んでも誰にも益しませんし、使えません。
私もすでに、拙著("『原発』革命":文春新書、2002.8.)の第十章で異例に深追いして論じてあります。上記の様な即物的・短絡的な手法によっては、決して問題は解決しません。これは戦後五十七年の体験の帰結でもあります。核兵器完全廃絶の道を着実に確立するためにも、トリウムは重要と思います。
年明けて友人から、今原子力学会で「プルトニウムと再処理」関係の公開討議を中心になって推進している豊田正敏氏(元東電副社長・初代原燃サービス社長)が、「高速増殖炉や核融合は、-ーー--五〇年経っても実用化される可能性は低いと予想される。そのような事態に備えて、例えばトリウム発電炉、海水からのウラン採取、などの実現可能性の検討を並行的に進めるべきと考える。」と言われたと知りました。
これはほとんど我々と同意見です(海水ウランは技術錯覚と思うのですが)。
日本(のみでなく世界)の現核エネルギー政策はあらゆる意味で破綻をきたしています。急に改めようはありませんが、しかし基本戦略を早くしっかり立て直しませんと、国家(世界)の存亡に関わります。名実共に。
この問題の具体的解決策提案を試みたのが、上記の拙著の内容です。その基本技術は準備されており、資源、安全性(苛酷事故なし)、核拡散(プルトニウムなし)、核廃棄物(激減、消滅)、世界への適合性(小型可能、構造・運転・保守が単純、核燃料自給自足型、R&D費と開発期間僅かーー)と全てで開発戦略が立っています。昨秋にはOECDとIAEAが共同で開発を推薦してくれました。具体的内容に関しては、是非上記拙著をご覧頂きたいです。皆様の踏みこんだご検討ご助言ご助力をお願いいたします。                                      (以上)

 前のページに戻る