2007還暦有志の集い
 里美・山田屋にて太田第一高等学校S41年卒「還暦有志会」開催。
31名参加。これは応援歌合唱ビデオ。

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竜馬梁山泊

致知という雑誌を初めて知ったのは、3年ほど前だろうか。
教えてくれたのはアサヒスーパードライの開発者、つまりアサヒの救世主:中條さんです。
我が街常陸太田の商工会が時折開く経済及び時事問題講演会、普段はまず出席することは少ないが、なぜか、顔を出した。きっと夢のある話しが聞けると心の底で思っていたのかもしれぬ。案の定、講演の主題はキリンに 大きく水を開けられていたアサヒが、スタイニー(懐かしい名前、若かりし頃の独特な形のビール)を手始めに中條さんのプランする巻き返し旋風、スーパードライの開発成功戦略で遂にキリンを追い越すまでになった悪戦苦闘のサクセスストーリー。面白い話しだったが、休憩時間にご名刺を戴く光栄に恵まれ、その折に「愛読すると良い雑誌があるよ」と教えていただいたのが「致知」です。
生き方研究人間学誌がサブタイトルのこの月刊誌、陽明学がバックボーンのようである。陽明学は王陽明の儒学で、今の愚生の浅学な解釈では、人間の心の正しい革新、社会のあり方の正しい革新に極めて適切なる形而上学的根拠を与える学問である、と思う。
江戸の安泰の中で庶民の立場に立って権力に立ち向かった大塩平八郎、西郷南洲が師と仰いだ春日潜庵、現代では歴代総理に国策の判断で大きな影響を与えた吉岡正篤が著名な陽明学者。南洲と並んで、新日本を創るため命を賭して闘った竜馬もまた、陽明学に深く関わっていたと、私は推測するが、研究の著についたばかりでわからない。
政治経済のあらゆる局面で、今日の日本は維新前夜に似ている、と思う。
一刀両断、手術すべきことは徹底的にメスを入れ、時代が生んだ垢や膿をとことん出し切っていけば、新世紀の日本は再び素晴らしい灯かりが点るだろう。ただし、経済、お金の価値よりももっと大切な、人の心、内面の問題を我々日本人はもっともっと徹底的に内省を重ね、造り替えねばならない。その学びの心、内面改革のキーワード、私は、陽明学のように思える。
やがて私もそうなりたいが、平成の竜馬、南洲が日本全国に雨後の筍のように誕生してくれば、21世紀の日本は素晴らしい社会に変わるだろう。仮にお金は無くとも、心は豊かに、清冽純粋な日本のばら色の未来を目指して・・・。
このコーナー「竜馬梁山泊」はそうした意図を持って私の愚見を載せたり、電子メールなどで到着する国内外の同志たちの意見公開の場にしたい。尊敬する先人にならって平成の新日本をめざす梁山泊にしようではないか。先ず1997:4月号の致知に載った私の詩的散文を掲載します。
二十一世紀への朝
朝6時 犬を連れて散歩に出た
師走の空は穏やかだった
近くの国見山の頂で初日を拝む元旦の朝も
晴れて澄んでほしい
阿武隈の尾根の空が橙色に染まる
その色がみるみる濃くなっていく
ショッキングオレンジの
眼の覚める世界
柔らかなケーキのような空
曙の空は私が一番好き
すくって食べてみたくなる色合いだ
明けの明星の輝きが次第に薄くなっていく
金井下の路上で人に逢う
「おはようございます」
近くの喫茶店のご夫婦 日課の散歩に行くところだ
夫婦そろって早起きさん うらやましい
鯨が丘の坂を登る
東雲の空の橙色はどんどん薄くなる
濃さを増して日の出と思っていたら
直前はむしろ薄くなるのに初めて気付いた
広大な丸い空は澄んだ青さを増していく
ガサガサ 木の茂みから野鳥が飛びたった
鶏が時を告げる
349国道バイパスを行く車のエンジン音が増えていく
あと数日で今年も終わる
しなくちゃならない仕事がまだ山ほど残っている
眠る時間や晩酌の量を減らしても
こなさなければ
初日を拝めないと思う
不惑でも目覚めず
五十近くなって近頃やっと気付きはじめた
心の持ち方 自分の仕事 自分の使命
未熟で怠慢で力無く
学ぶこともすることもなかなか進まない
しかし
弱気の虫を握り潰して
強き意思の力とたゆまぬ努力で一歩ずつでも
やり遂げなければならない
王陽明先生は言った
「山中の賊を破るは易く 心中の賊を破るは難し」
日本画の加倉井和夫先生は亡くなる前
「一即多」と激励の書をくれた
時はある
まだまだ十分にある あせることはない
ただ、油断と思い上がり 慢心を徹底して避け
時を無駄にせずに精進を重ね続けよう
ひょっとしたら迫りくる二十一世紀に道が開けるかも知れぬ

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