「クマコの恩返し」

              

「あ、危ない!」。
先ほどからユミは一点に釘付けだった。病院の近くの交差点。黒っぽい子犬がちょろちょろとさ迷っていた。寒い日だった。あと5日でお正月だった。その年の冬は数10年ぶりの寒波に見舞われていた。
 ユミはこの街で一番大きな病院の門前薬局に来ていた。今年最後の処方箋薬の処理で多忙な一日だった。この街で一番古い老舗薬局の娘のユミは犬が大好き。でも彼女には一生忘れられない悲しい出来事があった。3年前の初夏だった。
 この年、8歳になったシェルティーのボブが急病で3月に死んだ。ポッカリ開いた穴を埋めたくて隣町のペットショップで巡り合ったミニチュアダックスの赤ちゃんをこっそり買って自室で育てていた。名前はテッチャンと言った。頭の良い哲学者のような目つきをしたので命名した。真っ黒なテッチャンが生まれて60日目になった。いよいよお散歩デビューが近かった。
 でも・・・。ユミがいない日、ママがお店に連れて行って、自動ドアから道路に飛び出し、一瞬でテッチャンは死んだ。車にはねられ即死だった。交差点をさ迷う黒い子犬にユミはテッチャンを見ていたのだった。

 市内随一の規模を誇る病院、特に年の瀬でもあり、病院周辺はひっきりなしの交通量。この近くの家の子犬なのだろうか、それとも病院へ来られた方の車から降りてはぐれてしまったのだろうか、それにしてもあのままでは車に轢かれてしまう…ユミは心配で、気が気でならなかった。15分は目を凝らして子犬を追いかけていた。しかし、さっきからだれも探しに来ない。ひょっとしたら…迷い犬?捨てられた?
 もしそうだったら、氷点下7度にもなるこの寒空に今夜、凍え死んでしまうかも知れない。このまま、あの子犬を置き去りにしたままお店に戻るわけにはいかない。なんとかしなくちゃあ。ユミは子犬に近づいた。汚れてはいたが意外に毛並みが良くフサフサだった。体をブルブル震わせてユミの方に寄って来た。つぶらな瞳が何かを訴えていた。抱き寄せた。ちょっとゴミ臭く感じた。体力がかなり弱っている感じだ。大変、なにか暖かいものでも飲ませないと死んでしまう!ユミは傍らの調剤薬局の薬剤師さんにこう言った。「今、この子犬をそこで見つけました。だれも探しに来る様子がないし迷い犬か捨て犬だと思います、もし患者さんの家族とかで該当者がいましたらご連絡を・・・」。
ユミは持っていたハンカチに子犬をくるませ助手席に乗せ、自分の薬局に帰った。ミルクを温め薄めて口元に持っていった。クンクンクン・・・。バチャバチャバチャ・・・。一瞬のうちに飲み干した。相当お腹をすかしていたのでしょう。ユミは自室の隅にあったテッチャンのゲージを思い出した。暖房の効いた薬局の隅にゲージを置き、ダンボールの中に毛布を敷いて寝かせた。疲れが相当溜まっていたに違いない。子犬はユミの目を見て安心したように眠りについた。


 調剤薬局に頼んでおいた子犬の消息に関する情報は次の日もその翌日もなかった。警察や県の動物指導センターにも電話しておいたがなんの音沙汰もなかった。そんな心配をよそに子犬自体は夜よりは朝、朝よりは昼と、時間を追って元気になっていった。
 パパが言った。「しかし、なんだろうねえ、こんな可愛い子犬がいなくなったら探し回るし、保健所や警察に届けるし・・・。ひょっとしたら病院に来た方になにか関連があるかも知れないね。いずれにせよ、当分我が家で面倒みてやるしかないだろう。そのうち誰か迎えが来るまではなあ」。
 連れては来たもののユミは内心心配していた。パパが飼育に反対するのでは、と思っていた。実はテッチャンが店の前の事故で死んでから数ヶ月してその年の秋、ユミの家ではまた異変があった。17年近く長生きして庭の番犬を務めてくれていた柴犬・三郎がある朝、パパに別れを告げて忽然と姿を消した。パパの話では利口な犬は死期を悟ると自ら死出の旅に出る、三郎もきっとそうに違いない。そういえば三郎の行方不明から1年後、近所にいた三郎の子と思われる犬もある日から帰ってこなくなった。死出の旅路は遺伝するのだろうか。ユミの家では1年の間に3匹の愛犬との別れを余儀なくされたのだった。
 パパもママもユミも不思議で不幸な出来事の連続にすっかり沈み込んでいた矢先、ユミの家にまた新しい家族ができた。近所で生まれたミニチュアダックスフントの姫ちゃんだった。姫子がいるのにまた、子犬を、パパが許すはずがないとユミは思っていた。しかし、パパも年の瀬に舞い込んだ子犬にまんざらでもなさそうだった。パパはユミに言った。「もし誰も迎えに来なかったら家で育てるしかないだろう。ひょっとしたら三郎の代わりに庭の番犬になるかも知れないな」。
 ユミは安心した。そして思った、子犬の飼い主が迎えにきてほしい、でもちょっぴり来ないで欲しい、いや、ちょっぴりじゃないかも知れない、ずっとこないで欲しい。
 いずれにしても子犬という呼び名ではまずい。仮の名前をつけよう。パパが言った。「なんか熊の赤ちゃんに似てないか?クマコにしよう」。ユミもママも同意した。まもなくお正月だ。クマコにもお正月料理の匂いを嗅がせよう。でもクマコには奇妙な行動があった。

 クマコの食欲は凄かった。ホットミルクでも缶詰めでも一瞬に食べ干した。牛乳の白さが一滴も残らないほど容器を舐めていた。しかし、クマコは、目を離すとダンボールに詰めたゴミを漁るのです。一日に何度そのイタズラをするかわからない。3人は推測しました。あの病院のあたりを何日間かうろついていて、道路端や住宅のダンボールのゴミを漁って、食べられるものを食べてこの寒空を生き抜いていたのではなかろうか…。そんな時、あの交差点でユミと遭遇した、きっとそれに違いない。
 記憶に無いほどの厳しい寒さの2005年は静かに暮れ、2006年が明けた。薬局のゲージに住むクマコにも伊達巻や紅白の蒲鉾、寒天寄せなどのおせち料理をほんの少しづつあげた。目を細めて食べた。
 正月休みが明けて1月6日、カレンダー印刷の集金に来たAさんからある情報はもたらされた。薬局の片隅にいたクマコの姿を見つけたAさん、「これに似た子犬を近所の蕎麦屋で見かけたぞ」。
 しかし、蕎麦屋さんのある場所とクマコがいた病院は直線距離で3キロはある。あの小さな体で3キロを歩いてくるのはとても無理だろう。とは思ってみたものの、なにか手がかりになるならば、とパパは蕎麦屋さんに電話をかけた。「そちらで最近、子犬が生まれたという話を聞いたのですが、いなくなったとかいう子犬はいませんか?」
 生まれたことは生まれたが、全部もらわれていき、なんの問題もありません、とのこと。やはりAさんの見た子犬とは無関係だったのか。
 しかし、電話から2時間程して蕎麦屋の奥さんが薬局に見えられた。その時である。クマコの様子が変わった!奥さんに向かって尻尾を振って吼えるのです。何かを察した奥さん、クマコの頭を一回擦ると「ちょっと待って下さい。また来ますから…」と車を飛ばして立ち去った。
 2時間ほどして帰ってこられた奥さんは、相手の方の名誉の問題もあるので言えないが…とした上で事情を喋ってくれた。その内容も踏まえてパパとママとユミが出した推論はこうです。
 クマコはその蕎麦屋さんで11月の14日に誕生した、蕎麦屋さんからみて北の方角の家庭にもらわれていった、生まれて1ヶ月以上経った12月の半ば過ぎ、もらわれていった家と縁が切れ、あの病院の駐車場あたりで迷い犬となったクマコ、数日間を野良犬状態で寒空をさ迷い、そしてユミと出遭った、そういう結論です。
 「我が家で飼うことにします。ちょうど外の番犬がいなくなったことでもあり大事にクマコを育てます」。ユミ一家の結論に蕎麦屋の奥さんは安心して帰っていった。
 我が家では3人とも大の蕎麦好き。特にパパは2・8の乾蕎麦の茹で方が得意。パパは蕎麦を茹でる時、必ずクマコのために茹で汁を取って冷まします。そして自分が食べる前に、数本の蕎麦とぬるくなった茹で汁をクマコにあげます。「蕎麦屋で生まれ育った犬だよなあ。きっと何度かもらっていたんだな。うまそうに食べるよ、クマ」。クマコの出自もわかり、蕎麦好き家族の新たな誕生にパパは嬉しそうだった。

 それからまもなく2年になる。2007年秋、クマコはパパと一緒に毎朝、散歩を楽しんでいた。この日は市内北部にそびえる国見山麓にいた。数日前は標高300メートルほどの山頂にも立った。今はゴミ箱など目もくれない凛々しい番犬になっていた。
 「クマコ、お前のお蔭でパパもすっかり元気になったよ。ありがとう、クマ・・・」。
 茨城県北の古い歴史と豊かな自然の街が金砂神社磯出大祭礼の平安絵巻に染まった3年前。祭礼に花を添える記念講演の企画づくりに奔走したパパ、その準備の最中から始まったパパ一家を襲う相次ぐ愛犬たちの悲劇、それ以来何事も意欲が沸かず無気力状態だったパパ、雨の日以外欠かさない1時間以上のクマコとの散歩で、身も心も見違えるように元気になっていた。
 そして、不妊手術をしてくれた獣医さんの話では、クマコはシェルティーと柴犬の混血だそうだ。なんという縁、赤い糸なのでしょう、神様は急死したボブと死出の旅を選んだ三郎の生まれ代わりにクマコを我が家に授けてくれたのでした。

 この年の話題をさらったのが年金問題だったが、経営が失敗してか廃屋になりつつある国民年金保養センター方面へ向かって山道を曲がった時だった。息せき切ってクマコが走ってきた。様子が変だ。「何か見つけたの?クマ。誰かいたの?」。前方の道路わきにダンボールが見えた。走って駆けつけるとなんと、片方に2匹、もう一方の箱に1匹の子犬が入っていた。フサフサの毛並みの茶系が2匹、少し小さめだが白と茶、ツートンカラーが1匹。クマコが我が家に来た時と同じくらいの大きさの子犬たちが木漏れ日の中にいた。箱の中の汚れ具合から置かれて間もない感じ。一見して捨て犬とわかったが、近所の集落か通りがかりのドライバーが一時的に置いたのかも知れない。今朝は保養センターの現状を見ることと、その近くの寺にある水戸黄門ゆかりの助さんの墓見学に来た。また帰りもこの道だ、その時に子犬たちがこのままだったらその時に考えよう、「それで良い?クマ」。
 30分程して戻ったが案の定、子犬たちはそのままだった。さてどうする?ユミはパパの気持ちは判るだろうが、問題はママだった。座敷のヒメコとクマに加えて、新たに子犬3匹を抱えこんだらママがパニックになるのは予想できる、でもこのまま置き去りにしたら野良犬として生きていければまだ良いが、食べ物もないこの山では死んでしまう確率が高い、我が家ではもう犬は飼わないが連れ帰って里親を探してあげることはできる、頑張れば1ヶ月もしないで新しい飼い主がきっと見つかる、パパはそう決断しました。
 
 クマコにその決断を伝えると安心した様子で子犬の回りを嬉しそうに駈け回った、子犬たちも抱き上げた感触から体全部で嬉しさをあらわしていた。途中、登校する小学生の列に出会った。拾った子犬の話しをし、里親探しのことを言うと子供たちの顔も和んだ。
 自宅に戻った時、ユミはまだ蒲団の中だったが、庭で聞こえる子犬の泣き声に寝間着のまま、飛び起きた。案の定、パパの判断を正しい、と言った。クマコの時と同じようにテッチャンのゲージに毛布を敷き、暖かいミルクを飲ませた。日中の陽射しはまだ暖かい。昼間はゲージをクマコの側に置いた。クマコはまるで本当の母親のように子犬たちを見ていた。

 ユミは里親募集の張り紙を何枚も手作りした。「11月8日、山に捨てられていました。もらっていただける方を探しています。生後3週間程度の可愛い子犬です。足が細いのでそんなに大きくはならないと思います。お願いします」デジカメで撮った写真も3枚貼った。発見の当日は本店に置いたが、人通りが少ない高台の本店の前よりは、買物客の出入りが激しい大型スーパーの方がアピールしやすいのでは、と次ぎの日は、出店しています支店の前でPR!置いた途端にゲージの回りは「ワー!可愛い!」と黒山の人だかり。夕方までに恐らく数百人が覗いてくれたでしょう。パパは店内でお仕事でしたけど、ユミはずっとゲージの前でパパから聞いた発見の経緯などを説明していました。その結果、その日の夕方までに茶色の2匹は即決定!一匹は街中に出来たスポーツクラブに通う主婦の方、もう一匹はスーパーに出店している靴屋さんの若い店員さんが里親になってくれました。
 インターネットのブログでもパパは写真付きで細かく経過を報告、お仲間から反響がありました。地元で見つからなければ最後は引き受けます、などと言ってくれる奇特な方もおりました。
 夜になりました。残ったのが白と茶のツートンカラーちゃん。ユミは自宅に戻り、パパはそろそろ支店を閉めて帰る支度を始めました。パパはツートンちゃんに言いました、「寂しくなってしまったねえ、明日はきっとおまえも新しい家が決まるよ、明日また、表でユミちゃんが探してくれるからね。暖かくしてあげるから今夜はこのお店の中でお休みね」。
 その時です!男の子二人を連れた若いご夫婦が見えました。ツートンちゃんはなんとなんと、この一家のために残っていたのです。次ぎの長文はパパのブログに翌日、お母さんが書かれたコメントです。

「みなさんはじめまして。
実は昨日最後のツートンちゃんを頂いたものです。
びっくりです!こんなにも多くの方が3匹の行方を心配してくれていたとは!
そんな中でツートンちゃんに出会えたのは本当に出会うべくして出会ったのだと「運命」というのを改めて感じました。
 実は我が家はご近所で飼っているトイプードルちゃんが仔犬を産んだら頂くことになっておりました。子ども達もまだ犬の世話をできないだろうしまだまだ先のことと思っていました。
ところが、ところが。ナンバーズとスクラッチを買いに行ったついでにスーパーで買い物をしてお店から出たちょうどその時、娘さんが仔犬のいるダンボールを置いていて、なぜか吸い込まれるように行ってしまったのです。いつもは犬が大好きな息子が飼いたいと騒ぐのでつい遠ざかってしまうのですが。
 出会ったのがツートンちゃん。3匹いる中でもツートンちゃんが息子も私も気にいってしまったのです。すぐに写メをして主人に相談。答えはNO。しかし、主人もずっと気になっていたようですが、家族会議を致しまして、最終的にまた見に行っていなかったら縁が無かったものとして諦めよう、ということになりました。ところが、お店の前に着くや否やいるではありませんか!それもツートンちゃんが最後の一匹となって。思わず「あーっ、ツートンちゃんいた!」と叫んだのはこの私、母でした。子ども達もそれはそれは大喜び。最後の一匹となって私達を待っていてくれたことに感激。運命の不思議さを感じ我が家の一員となりました。」
 なんと、発見当日の午後僅か1時間ほど、ユミがスーパーの前に、子犬たちを見せに行ったその時の縁でした。

 「子ども達はツートンちゃんを「テン」と名づけました。
最後まで悩んでいた主人はテンをまるで赤ちゃんのように扱っています。その様子を見ていた子ども達は「テンは僕達の妹だよ。これで家族が5人になったね。」と幸せそうです。
そして、子ども達によるとなぜかテンはパワーを持っているといいます。今日は息子の劇と踊りの発表があったのですが、登校前にテンの手を取り「上手く踊れますように。緊張しませんように。」と言ってでかけました。テンのパワーのお蔭か息子は緊張もせずに堂々と踊っており一番輝いていましたよ。
これからもテンは息子達に勇気と不思議なパワーを与えてくれ一緒に成長してくれることと思います。こんな素敵なテンとの出会いをつくってくれたクマコ、先生、娘さん、そして、3匹の行方を心配してくれた方々に感謝です。ありがとうございます。家族みんなでテンを大切に育てていきます。
余談ですが、 テンと出会った日に買った宝くじ、たった2枚のスクラッチが200円当選。初めて買ったナンバーズは5等ですが1000円当たりました!もしかして本当にテンはすごいのかも?」

 文章を読んでパパもユミもママも涙が止まりませんでした。

 パパは思いました。
 長い間、いろいろな犬と付き合ってきましたが犬って本当に凄い生き物です。人間の何千倍、何万倍というモノの匂いを嗅ぎ別ける能力、そして聴覚も動体視力も優れています、だから目の見えない方を助ける盲導犬として、人の力では入っていけない狭い瓦礫の下から負傷者を見つける災害救助犬として、犬に助けられることって人間はなんて多いのでしょう。そんな大それたことでなくても、側にいるだけで良いのです、一緒に街を歩くだけで良いのです、人は犬にどれだけ癒されることでしょう。
 私たち一家の幸せを呼ぶために生まれてきてくれたクマコよ、本当にどうもありがとう。

 優しく聡明で凛々しいクマコ、おまえはきっと、私たちと出遭って自分の命が開けた、と感謝しているんだよね、だから、きっと、同じ運命の子犬たちを見つけ、自分と同じように優しい家族を見つけてあげたんだよね。立派だぞ、クマコ、でかしたぞ、クマコ。
 
 パパたちが住む街は広い関東平野が終わり、奥深い東北、みちのくが始まる街です。仙台の南まで続く阿武隈の山並みはこの街から始まります。パパとクマコの朝の散歩はいつも、大好きな阿武隈の山並みを眺めながら続きます。3匹の子犬たちがもらわれていった家は三軒ともなんと偶然に、阿武隈の山懐か、それを望む場所でした。


 
 クマコが恩返しをした翌日、パパは高校時代の仲間たちと還暦のお祝い会をしました。後ででわかったのですが一夜を過ごした宿は前日に第一号の子犬がもらわれていった家と同じ集落だったそうです。
 パパの親友の祖母は今、宿の近くで112歳の人生を生き120歳を目指しています。90を越した、親友の母が面倒をみています。パパたちは勿論、大還暦に挑む元気なおばあちゃんを表敬訪問して、団塊世代第一号の自分たちもこれからの半生を、クマコのように、周囲の人や物に感謝しながら世の中へ恩返しの人生に再び挑戦していこう、そう決意を新たにしたそうです。(おわり)